閉校舎後も、書き込みを継続してきました8/3。

皆野高校の校章(その9)そもそもデザインは!?

皆野高校、創立当初に定めて使用してきた学校を象徴するデザインの校章。この校章は、60年間、校旗、帽章、徽章、生徒手帳、身分証明書、学校発行の賞状、卒業証書など、様々な物・様々な時々に使用してきました。

そもそも、皆野高校の校章は、なぜこのデザインなのか!?
この皆野高校校章デザインについて、説明のある文章を見つけることはできていません。口伝として、一目瞭然ではありますが皆野町の町章をベースに定まられたと聞いています。【皆野町ホームページより → 町章】

上記は、皆野町ホームページから抜粋しました。皆野町の町章は、3つの「ナ」の円で「の」を囲み「みなの」を図案化し、円満な町の発展を表しているとホームページに記載されています。

ただし、ここで疑問が出てきます。
皆野町章の制定が、昭和48年9月1日と記されています。
皆野高校は昭和41年4月に開校し校章を定めています。いつ制定されたかという具体的な記述は見あたりませんが、創立2年目の昭和43年3月発行の生徒会誌には現在の校章が記載されています。

そうすると、町より皆野高校の制定が先ということになります。
今後、調べてみたい内容です。

昭和43年3月発行 秩父東高校 生徒会誌「凌雲」(上記)には、本校と分校の校舎、校章、校歌が並んで掲載されています。この生徒会誌編集委員長は、分校(皆野高校1期生)の田嶋光作先輩(3/7送辞を読んでいただいた)が、東高校本校の女子先輩方などから推薦されて務めた、ということです。

(つづく)